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おしゃべりからす|城後 豊|こどもじゅく
~おしゃべりからす連載記事「子どもとスポーツ」より~
【成功への大きな一歩は、平常心を保つこと】
[2011.12]
「平常心」は、ふだんの心の意味をなしますが、人間は時折、異常な心身の乱れを来します。
この平常心の教えは、唐の時代に馬祖同一禅師が善悪是非を取捨選択することから「平常心の道」を説いています。
常に、立ち向かうことから逃げずに、日常の生死心を何の迷いもなく推し進めることを「平常心是道」として説法したのが始まりと言われています。例えば、スポーツの世界の平常心でも、「あがり」による迷いや、試合中に役割を果たすために取捨選択する判断力が要求されます。
そこでは、ゲーム展開の場所や雰囲気、チームや仲間関係に左右されます。
このゲーム様相の中で日常的に練習を繰り返して活動しておれば、生起する“あがり”を抑えて平常心を取り戻すことができます。
つまり、日々厳しいトレーニングに耐え、鍛え上げてこそ平常心を取り戻すことが出来るような取組をしていることです。

 本学の岩見沢校サッカーチームが、先の天皇杯第二試合で“セレッソ大阪”のプロチームと戦い、感覚的には互角に戦い、伸び伸びとしたプレーが周りを震撼させました。
岩見沢校のサッカーチームは、日ごろから“人が人を育む”ことをスローガンとする学びの心と、生気に充ちたトレーニングが何事にも動じない「平常心」を育み、選手たち皆が生き生きとしたプレーに専念できたように思われます。
また、近年、オリンピック選手やトップアスリートたちが心の緊張の裏返しとして「楽しみます」や「楽しんできます」と連呼します。
しかし、楽しむどころか、人間は窮地に陥ると平常な心は乱れて、動揺したり、悩み苦しみ、泣いたり笑ったりの喜怒哀楽が自然に出てきます。
この様にスポーツでも、一喜一憂する場面で平常心を保つことは容易ではありません。
したがって、気負いがない、あるがままの姿勢で臨む素直な態度が平常心を持続でき、身構えたり、先入観をもたない「自然体」が必要です。

 ところで、「平常心」は、緊張すれば緊張するほど遠のきます。そこでは単純にリラックスしているときの状態を保ち、適度に緊張し、適度にリラックスすることが大切です。
昔から、スポーツでは「心身一如」とか、「心身一元」など活動することで自然に身につくといわれ、スポーツ体験が緊張と弛緩(リラックス)の繰り返しにより、脳のリズムでコントロールされています。そのことをレゾナンス(resonance;共鳴・同調)といいます。

 一方、松下幸之助氏が平常心は“素直な心”が必要であることを強調しています。自分の感情をむき出しにして、我を忘れている時、物事のありのままを見ながら、「気分転換」を図ることを進めています。つまり、感情に逆らわず穏やかにあしらう“柳に風”や、“柳に雪折れなし”の精神が素直さや動じない平常心を保てることを説いています。

 また、サッカーで活躍した中田英寿選手は「サッカーしか知らない人間にはなりたくない。いつも好奇心を持っていたい。」といっています。本学の岩見沢校サッカー部の主将も試合後には平常心が戻り“この経験を子どもたちと分かち合いたい”と結んでくれました。

 いずれも、成功への道は、自分自身のスポーツ経験を基に、これから挑戦していく未知の社会の事柄に対して興味や関心を抱いて生きるすべが「平常心」のように思います。



札幌市内小学校配布の新聞「おしゃべりからす」2011年12月号より

北海道教育大学 理事・教授
城後 豊
城後 豊(プロフィール)
北海道教育大学 理事・教授

1947年1月福岡県生まれ。
子どもの頃より水泳の才能を発揮し、高校時代は国体にも出場した。
大学で体育の指導者を志し、小学校教諭となる。

前・北海道体育学会会長、日本体育学会北海道支部長、
日本スポーツ方法学会理事長、
全国小学校体育連盟理事、日本体育科教育学会理事
北海道教育大学附属札幌中学校長、副学長などを歴任

岐阜大学(教育学部 体育学科) 卒
上越教育大学 大学院 スポーツ科学教育学修士課程終了。